「平沢進/P-MODEL」カテゴリーアーカイブ

富士山麓に平沢啼く

これまでさんざ野外フェスなんか行かないと公言してきた手前どうにも言いづらいがフジロックへ行ってきた。

そもそもアウトドアは苦手であるし、野音や学祭で行われる○○フェスだってあまり好きではない。
狭量な人間なので、たとえホールのオムニバス形式のコンサートであっても、興味のないバンドを聴いているのが非常に苦痛だったりする。
もちろんそこに音楽的な発見があるのもほんとうだし、これまで自分にもそうした発見があったけれども、もはやスタンディングで好きでもないバンドを観るような体力はない。

ましてや、フジロックのような過酷な自然環境の大会場に大勢の人間が集まるお祭り騒ぎの高揚感とか。
ああ、ぜんぶダメ。
そんなのダメダメダメダメ人間。

だが、そのフジロックにインドア資質の極北と思える平沢進が出るという。
相変わらずあり得ないとされることをやるひとだね。
その意味では、平沢進のフジロックというのは、孤高のへそ曲がりの現れである。
さあ、困った。
いまどきフジロック出演を勲章のようにして大騒ぎするのはどうかと思うが、これはちょっと気になるではないか。
しかしなー、平沢進と同じ最終日のヘッドライナーはキュアーか。
実は自分でも意外なことにキュアーにはまったく思い入れがない。
好きか嫌いかと言われれば好きな部類に入る程度である。
むしろ、初日のケミカル・ブラザーズとトム・ヨークが3日目であれば、迷わず行ったと思う。

最終的に背中を押したのは、レッド・マーキーという庇つきステージであることと Zeusaphone Z-60 が登場すること、そして会場内ホテルが取れたことである。
人生なにごとも経験だとかなんとか陳腐な言い訳で自分を言いくるめた。

かくして2019年7月28日・日曜日。
東京から新幹線でたった1時間半、9:30には越後湯沢へ到着。
さして並ぶことなく11時前にはシャトルバスで苗場着。

80年代にその名を轟かせたお洒落なはずのリゾートホテルは粉々に壊れ廃墟のようであった。
いや、壊れたというのは言い過ぎだがなかなか荒廃した感じ。
フジロックでしか稼働していない棟もあるという。

荷物を預け、昼食をとって奥地(フィールド・オブ・ヘヴン)へ辿り着くと、渋さ知らズオーケストラが終わるころであった。
雨はほとんど降っていないが、前日襲来した颱風のせいで濁流が流れそこらじゅうが泥濘(ぬかる)んでいる。
立ち並ぶ飲食ブースは、代々木公園のタイ・フェスなんかと同様だが、こっちが先なのだろう。
会場内各所を徘徊し、いったんホテルへ戻って着替えればもう夕刻。
ひぐらしが鳴いている。
カレーを飲みこみ苗場食堂裏ステージの苗場音楽突撃隊へ。

池畑潤二+花田裕之+井上富雄という大江抜きのルースターズにヤマジカズヒデと細海魚が加わった洋楽カヴァー・バンド。
ゲスト・ヴォーカルも入って「ハッシュ」「アイ・ミー・マイン」とか(ルースターズ的には)意外な選曲をやる。
途中、雨足が強まりカッパをかぶる。
最後の3曲(だったかな)は花田裕之ヴォーカルのブルースっぽい曲で、門外漢にしてぜんぜん知らない曲だが、やはりよい。

にしても、隣の大音響DJブースが近すぎる。いくらフェスとはいえ、音が混ざりすぎ干渉しすぎ。
バトル・ロッカーズとマッド・スターリン の対決ライヴを思い出したくらいだ。

苗場食堂と隣のレッド・マーキーは近くて助かるが、20時スタートの平沢進とは時間差たった20分。
ジンギスカン臭漂う会場はすでに満員。
前半分は立っているが、うしろ半分は自前の椅子。
雨宿りの客も多いとうかがえる。

オープニング・ナンバーとしてはおなじみの(とはいえ久しぶりの)「TOWN-0 PHASE-5」から始まり「Archetype Engine」「フ・ル・ヘッ・ヘッ・ヘッ」という完全に攻めの選曲。
すでに「HYBRID PHONON」以来、平沢ソロ名義だろうがなんだろうがなんでもアリになっている。
平沢目当てではないオーディエンスも多かろうことを前提に、持ち時間の1時間に詰め込めるだけ詰め込んできた。
「アディオス」「聖馬蹄形惑星の大詐欺師」「アヴァーター・アローン」と比較的最近の曲に続いていよいよ「夢みる機械」へ。
The Musical Tesla Coil Zeusaphone Z-60 は2008年の「PHONON 2551」で初登場して以来11年。
5年前の「HYBRID PHONON」からは使われてなかった(はず)ので、故障してないか心配だったのだが、健在である。
前は見えないし、平沢のヴォーカルもあんまり聴こえなかったが、スパークの光と音はしっかり届いた。

続くイントロはなにこれと思ったら「ジャングルベッド I」というより「Astro-Ho」か。
「Astro-Ho」シリーズはソロ曲の位置づけなのでまったく違和感なかったのだが「ジャングルベッド I」だとすれば95年の「ENDING ERROR」以来。
続く新曲(タイトル不明)は「Perspective」かと思ったほどに素晴らしい。

「Nurse Cafe」「AURORA(4くらい?)」とまくしたてて「白虎野の娘」*であっという間に終了。
「AURORA」はまたぜんぜん変わっててイントロではわからんかった。
ラストはなにが来るかと思いきや「白虎野の娘」というのは、これが現在の代表曲ということか。正しい。

フジロック的に当然なのか異例なのかはわからないが、予想外のアンコールで想定外の「回路OFF 回路ON」を演って解散。

仕込み段階の平沢tweetから力の入りようが伺えたけれども、雨宿りの連中を踊らせるほどに、選曲もパフォーマンスもアレンジも完璧であった。
1時間くらいのコンパクトなライヴっていいものだ。
惜しむらくは低音がびびりまくる音響。
「Astro-Ho」には歌詞があったというが、ぜんぜんヴォーカルなんて聴こえなかったし、心臓に悪い。
散見するtweetなどを鑑みるに、Youtube中継(たぶんライン出力)のほうは音がよかったようだし、意図的とは思えないので、音響システムの特性やオペレーションあるいは仮設会場の構造によるものなのだろう。

その流れで言うとキュアーのライヴで驚かされたのは音のよさ。
科学の進歩を感じる音響システム。
いまどきの野外ライヴ(行かないから知らない)では当たり前なのだろうが、下手なホール・コンサートよりよっぽど音がいい。
ところで、キュアーってあんなに演奏のうまいバンドだっけ? そっちも相当に驚いた。

キュアーのあとホテルでひと休みして卓球のDJへ行こうと思ってたのだが、気がついたらすでに朝。
かっこうが鳴いている。
エレヴェータでチェックアウトへ向かう卓球に出くわしたのが妙に気まずかった。

そういえば、ホテルは出演者やスタッフも泊まっているのでけっこう見かけたのだが、意外とファンが騒いでる様子もなく、そこは大人のイヴェントか。
不愉快だったのは、規制がほとんどないライヴ中の撮影、これまた規制がほとんどなく自由過ぎる喫煙、会場内・ホテル内の導線といったあたりか。

シャトルバスの列の長さに恐れをなして、帰りは路線バスを使ったが、これはなかなかしんどかった。
とはいえ、颱風が前日に通過してくれたおかげで、予想したより困難は少なく、遠出の泊まりがけライヴ程度で済んだ。
点検隊に比べればふつうのライヴの範疇である。

梅雨が明けて一転猛暑のなか帰途へついた。

●役に立ったもの
トレイル・ランニング用防水スニーカ
救済の橋のギルドのミニ・リュック
カッパ

●まったく使わなかったもの
折りたたみ椅子
折りたたみ傘
論理空軍ウィンドブレーカ
ソーラレイ・ブルーシート

防水スニーカは軽くて歩きやすく非常に快適だったのだが、たった1回のライヴのためと思うと痛い出費である。
しかし、一生のうちもう1回くらい行くかもしれない。
その時まで取っておこう。

2019/08/08追記

*ラスト「白虎野の娘」と思ったのだけど、ネット上では「白虎野」と書いてるひと多し。あとは「白虎野+白虎野の娘」って書いてるひともいた。
会場でヴォーカルはあんまし聴こえなかっが、中継でちゃんと聴くと「白虎野」だったらしい。

『ホログラムを登る男』および「WORLD CELL 2015」に関するメモ その2

「随時更新予定」とか「つづく」とか書いていながら、早1か月。
年も明け、もう正月10日である。

前回は諸事情により急いで書き上げてので、どうもまだまだ言い足りないことがあるような気がしたのだが、しかし、間をおいてみるとライヴについても新譜についても、ことさら付け加えることはないのではないかという気がしている。
意外と言い切っているじゃないかと。

しかもだ。
昨年末にリリースされた『サウンド&レコーディング・マガジン』2016年2月号のインタヴューが非常によいもので、なにを語ってもいまさら感が強い。
さすが國崎さんである。
http://www.rittor-music.co.jp/magazine/sr/15121001.html

インタヴューを読むと、わたしの感想というかメモめいたものもあながち外れていなかったのではないかと安堵したが、それはわたしの読みが鋭いわけでもなんでもなく、平沢進が、そのように伝わるように表現したに過ぎない。
まあ『パースペクティヴ』というより『ポプリ』だったかとか、細かいことはいろいろあるものの。

最初「ホログラムを登る男」(曲のほう)のオーケストレイションは風呂敷を広げるだけ広げて盛り上げには失敗してる(登り切らない)んじゃないかと思ったのだが、ライヴを見たあとでは盛り上げ切らないほうが正解なのかとも思う。

ライヴについても解析サイトなどで詳説されているので、分析はそちらにおまかせ。
いわゆる成功ルート(ハッピー・エンディング)となった初日が、すんなりいきすぎていちばんカタルシスがなかったのは皮肉。選曲やはらはらどきどきのストーリ展開だけでいうなら、在宅参加した2日めがいちばん盛り上がったのではないか。
もっとも、解析サイトじゃないけど、長年見てると曲数バランスや分岐ルールなどインタラクティヴ・ライヴでの不文律によって途中で「あ、こりゃダメだ」とわかってしまうわけだが。
3日めはなんとか成功ルートへ行こうという会場の一致団結が裏目に出たというか、不完全燃焼のきらいがあったようにも思う。しかし、それも3日間唯一のアンコール(曲数の公平性とも言う)「WORLD CELL」で帳消しになった。
和音の出来不出来をユーザ・インタフェイスにするというアイディアも含め、やはり、エンタテインメント性という意味では「ノモノスとイミューム」を凌駕する新機軸であったと思う。
インタラクティヴ・ライヴは無心になんも考えずに楽しんで参加するのがいちばん。といっては元も子もないか。いや、いろいろ考えちゃうから、虚心がいちばん難しいんですけどね。

あ、筑波Gazioラストについてはまたこんど。

 

『ホログラムを登る男』および「WORLD CELL 2015」に関するメモ

平沢進3DAYSが終了した。
忘れないうちに私的断片メモを残しておく。
随時更新予定。

INTERACTIVE LIVE SHOW
WORLD CELL 2015

水道橋・東京ドームシティホール
2015年11月27日(金)
オープング「舵をとれ」
『ホログラムを登る男』全曲
「幽霊船」
「WORLD CELL」

2015年11月28日(土)
オープング「舵をとれ」
『ホログラムを登る男』全曲
「オーロラ(3)」
「橋大工」

2015年11月29日(日)
オープング「舵をとれ」
『ホログラムを登る男』全曲
「オーロラ(3)」
アンコール「WORLD CELL」

1998年開催「WORLD CELL」の再演(続篇)となる。
わたしは初日と楽日に会場、中日は初の在宅参加してみた。

http://interactive-live.org/world-cell-2015/

ライヴに先んじて、アルバム『ホログラムを登る男』もリリースされたが、ライヴからたった10日前の2015年11月18日発売である。こんなに新譜のリリースとライヴが近いのは初めてではないか。

http://susumuhirasawa.com/special-contents/13th-hologram/

よって、アルバム・コンセプトとライヴのコンセプトはリンクしている。というか、ライヴのプロットを作りながら、アルバムのコンセプトを作っていったのかもしれない。
なんで『現象の花の秘密』で影を潜めた(ように見える)怒りがここでまた再燃しているのか、とも思ったが、ライヴを観て納得。
そういうことか。
わたしは勝手に『BLUE LIMBO』『白虎野』『点呼する惑星』を「ディストピア3部作」と名づけていたが、ここにきて『現象の花の秘密』『ホログラムを登る男』は「カタストロフ3部作」とか「終末3部作」って感じになるのなぁ、などとこれまた勝手に考えている。
サウンド的には『突弦変異』『変弦自在』『現象の花の秘密』と続いた還弦主義完結篇というか総集篇。
P-MODEL的手法も管弦サウンドで内包できると踏んでのなんでもあり感。ヴァラエティの豊かさでいったらソロ初期3部作(統合3部作)に通じる。
各楽曲ごとの手法でいうと、既聴感の連続で、新しさというか、平沢的発見・発明は見当たらないが、このすべてを内包したスタイルこそが、平沢史的には新機軸であり、発明と言える。
「Heaven2015」「庭師2015」から「冠毛種子2015」まで。
1巡したということか。これほど「円熟」という言葉が似合わないひとが円熟期を迎えるとは意外であったが、帯にもそのようなことが書いてあるので、意図的なのだろう。

さらに見方を変えると、1曲めから9曲めまでは、10曲めのための壮大なイントロダクションだとも言える。
ラストで大団円を迎えるようなアルバム構成も珍しいといえば珍しい。

アルバムを聴いた時点では「ホログラムを登る」という行為を肯定的なイメージで捉えていた。ヴァーチュアル・リアリティを物理的リアルにしていまうミュージシャン的想像力・創造力を感じた。ない山も登るし、ない橋も渡るし、ない羽で空も飛ぶというような。
しかしながら、ライヴでは乗り越えるべき幻影として描かれている。元も子もない表現をするなら、メディアもしくは統治者が放った情報によって作られた虚構ではなく、自分の目で見た現実に還ろうというような。
平沢流「脱走と追跡のサンバ」か。
近年のインタクティヴ・ライヴは、わかりやすいエンタテインメントを追求しているので、アルバムのテーマや表現とは違うのも当然であるが。
なお、FOOさん情報によると量子論に「ホログラフィック原理」というのがあるそうな。

ライヴでは難解なカタストロフものも期待したが、エンタテインメント路線の新展開であった。
極論すれば、テーマと設定だけあるけど、ストーリーはない、みたいな。一見さん大歓迎、予習の必要なし。よい意味で史上最高に「ゆるい」インタクティヴ・ライヴ。
振るだけ振って回収されないネタ、張るだけ張って放置される伏線。
どんなアクシデントも解決される言葉。「あとはわたしがなんとかしておく」

しかし、それはそれでいいのだ。
インタクティヴ・ライヴは別次元へ向かっているのだから。
すでにインタクティヴであってインタクティヴでない、というような。
ここらへんは『音のみぞ』2号で予想した通り。

また、次回のアルバムのテーマは「食と戦争」であるという大胆予想もしたが、これもあながち外れていないのではないか。
直截的に食に言及した曲があるわけではないが、食の常識というのは、メディアもしくは統治者による情報によって作られた虚構に満ち満ちているのだから。

(続く)

『音のみぞ』第2号発行遅れのお詫び

3月末に投稿募集を行い、たくさんの寄稿をいただいた『音のみぞ』第2号ですが、編集・制作作業がたいへん遅れております。
ご協力いただいた方々、読者の方々にはご迷惑をおかけして申し訳ございません。
現在、10月の発行を目標に作業を進めております。
もうしばしお待ちいただけるよう、よろしくお願いいたします。

『音のみぞ』第2号投稿募集「新譜としての旧譜」

『音のみぞ』第2号の制作準備を進めています。
最初隔月とか言ってたやつは誰なんだという感じで季刊すら通過して、いまや立派な不定期刊を目指しています。
いや、目指してはいないのですが、そうなってしまっています、すみません。
さて、第2号ではこんな特集を考えています。

特集: 「一気聴き」の至福もしくは後追いの天国と地獄(仮)
Project Archetype, 太陽系亞種音, Haldyn Dome ―― 新人リスナーはこう聴いた

わたしは常々思っていたのです。
あとから来た者は幸いであると。
だって「一気聴き」ができるじゃないですか。
だってこれまでの「旧譜」をすべて「新譜」として聴けるんですよ。
『太陽系亞種音』と『Haldyn Dome』で100時間連続P-MODEL&平沢ですよ。
ポリドール作品のリマスタ企画「Project Archetype」の仕事をしていた時も、新規リスナーが「新譜」として、どう聴いてくれるだろうか、ということが常に頭にありました。

こうした「初聴き一気聴き」の醍醐味というのは、リアルタイムのリスナーには味わえない楽しみです。
わたしにも覚えがあります。
ザ・ビートルズにしろキング・クリムゾンにしろすでに解散したバンドだったし、ボウイにしろZEPにしろすでにたくさんの作品を発表したあとだったので、歴史を遡る楽しみがありました。
もちろん昔の作品を現役で聴きたかったと思ったし、昔のライヴを観たかったとも思いましたが、後追いには後追いの楽しみがあります。
当時はBOXセットなんてなかったし、中学生や高校生にアルバム10枚いっぺんに買うような財力はありませんでしたが、次はどのアルバムを買おうかなとディスコグラフィを見るのも楽しいものでした。
マンガなんかも連載時に読むのと完結したあとで単行本で一気に読むのとでは、別の作品と言ってもよいほど印象が違ったりします。
ああ、わたしもP-MODEL全作品一気に初聴きなんて贅沢をしてみたかった。
リマスタリングされたソロ初期の5作品を新作として一気に聴いたり、タイムマシンよろしく『error』で30代の映像と初めて出会ってみたかった。

というわけで、次号に向けて投稿を募ります。
文章の長さは問いません。
文章だけではなくイラストでもけっこうです。
こちらのフォームからお待ちしています。

http://fascination.co.jp/modules/ccenter/?form=3

なんだ新規リスナーにばかり迎合しやがってというあなた。
リスナー歴は問いませんので、次回インタラクティヴ・ライヴ完全予想でもなんでも自由なテーマでの投稿をお送りください。
掲載作品には謝礼として掲載誌とプリペイド・カードをお送りします。
創刊第2号は5月下旬〜6月上旬の発行予定です。

あ、制作用PCを新調しなきゃだわ。

音のみぞ1号表4

献本できてよかった

秋元一秀はP-MODEL凍結前のステージ袖で見かけたのが最初だったと思う。
スタッフというか準メンバーのように見えた。
1989年以降は平沢ソロのバンド・メンバーとして認知したが、1990年の世界タービン・ツアー(個人的には12月2日の新宿シアター・アプル夜の部)を最後にバンドを離れた。

それから9年。

P-MODELデビュー20周年/平沢進ソロ・デビュー10周年記念書籍『音楽産業廃棄物』の準備中、版元の編集者に「そういえば、秋元一秀ってなにやってんですかね」と言ったら、怪訝な顔で「なに言ってんですか。秋元きつねでしょ。いまや大先生ですよ」と返された。
なぜか『音楽産業廃棄物』はソフトバンク・パブリッシング(当時)のゲーム書籍の部署で作られていたので、その編集者は秋元きつねとも知り合いであった。
わたしはまったくゲームをやらないので『せがれいじり』の大ヒットも知らなかった。

それからさらに15年。

平沢進ソロ・デビュー25周年記念 Project Archetype の一環としてライヴ・ヴィデオ『error』とライヴCD『error CD』をカップリングで再発するにあたり『サウンド&レコーディング・マガジン』の國崎さんに「機材解説」を依頼していたのだが、情報が足りないとのこと。では、システム周りの担当だった秋元さんに話をきこうということになったが、わたしも國崎さんも交流がない。懇意にしているMecanoの中野店長に渡りをつけてもらい、メイルで取材させていただいた。

秋元さんは國崎さんの細かな質問にもひとつひとつ叮嚀に答えてくれた。訊くほうも訊くほうだが、答えるほうも答えるほうだというくらい、双方ともよく当時のことを覚えている。取材というより、お互いに当時にことを確認し合ってるかのようだった。
秋元さんにはわたしが勝手に思い描いていた人物像をいい意味で裏切られた。

できあがったら見本盤をお送りする約束をして、電子書籍となった『音楽産業廃棄物』と『来なかった近未来』を献本した。
Amiga使いの秋元さんには『来なかった近未来』をぜひ読んでほしかったのだ。
平沢さんのユーモアについて、律儀なコメントをいただいたのは、9月8日のこと。

それからたった1か月と3週間。

IMAG1044

一昨日、見本があがってきた。
一瞬どうしたものかと躊躇したものの、やはり約束通りメーカから送ってもらうことにした。

合掌。

http://kudanwork.wix.com/kitune


http://blogs.yahoo.co.jp/adoopt_s

 

平沢進ソロ・デビュー25周年 Project Archetype 第1弾リリース その2

もう書くことないと言いつつ、質問があったりしたので、選曲についてなど。

2枚組『Archetype | 1989-1995 Polydor years of Hirasawa』のDiscそれぞれの性格だが、プロジェクト始動当初はベストとアルバム未収録(レア音源)集という考えであった。しかし、それではDisc1はシングルになっているような代表曲ばかりになってしまうし、絞るのも大変過ぎる、入りきらない。逆にDisc2の収録曲は少ない。というわけで、出したアイディアがDisc2はシングル+アルバム未収録(レア音源)集というもの。これならば、シングル曲はDisc1からはじけるので選曲に余裕が出て苦しくない。

「ハルディン・ホテル」がDisc1にオリジナルが、Disc2にシングルの「Fractal Terrain Track」ヴァージョンが入っているのは、Disc1とDisc2が別テーマのCDであり、ベスト盤もしくは入門盤という性格であるDisc1に「ハルディン・ホテル」のオリジナル・ヴァージョンは欠かせないとの考えから。もちろん、アルバムとシングルとでヴァージョンが同じならDisc2のみに収録していたとは思う。
じゃあ、逆になぜ「バンディリア旅行団」がシングルの「Physical Navigation Version」ヴァージョンしか収録しなかったかというと、ライナーノーツに竹内さんが書いている通り、録音順からいって、実質的にシングル・ヴァージョンのほうがオリジナルであるから。『ヴァーチュアル・ラビット』収録曲は、シングル・ヴァージョンをアルバムに馴染みやすく「大人しく」したヴァージョンだとも言える。シングルのアレンジのままだときっと浮いちゃうんだよね。で、この曲に関してはシングル・ヴァージョンを収録すれば充分かという判断。
ここらへんは竹内さんと高橋とで意見をぶつけて決めております。

ところで、実は「バンディリア旅行団」には、もう1ヴァージョン存在しており、マスターテープを聴いて「なんだこれ」ということになった。頭にクリック音が入っており、商品とは思えない。あとで調べたところ、クリック・ヴァージョンは『デトネイター・オーガン』の製作発表記者会見(1991年3月1日)等で配布されたラフ・ミックスであることが判明した。みんな忘れてるのだ(笑)。

『サイエンスの幽霊』は、シングル収録の「世界タービン」「フィッシュ・ソング」はDisc2に入れることにしたので、Disc1に入れる曲は迷ったのだが、アルバムの性格がよく出ている「テクノの娘」を選んだ。2枚組でなければ「世界タービン」「ロケット」「フィッシュ・ソング」あたりの選曲で、もしかすると「テクノの娘」「夢みる機械」は選外だったかもしれない。

『AURORA』は、高橋案としては「LOVE SONG」「オーロラ」「舵をとれ」の3曲。選曲の基準は、個人的なベストにしてしまうとえらいことになるので、あくまで「入門書」として機能するような、いわゆるキャッチーな曲、アッパーな曲を中心にしようと思ったからだが、竹内さんより全体のバランスや流れを考慮し、また『AURORA』の性格がわかる曲ということで「広場で」が推された。もちろん、異論はない。「舵をとれ」はベルセルク以降のファンを意識しての選曲でもあったが、わたしも次点としては「風の分身」あたりのメロディや歌唱の美しい曲を考えていた。國崎さんも「広場で」は大好きなナンバーに挙げており、正解だったようだ。

意外と困ったのは『Sim City』の選曲で、当初はマストが5曲、次点が3曲あった。自分ではリリース当初の印象から『Sim City』は苦手なアルバムと思っていたのだが、意外にも好きな作品が多かったらしい。先日の國崎さんとのトーク・ライヴでも力説したが『Sim City』は物議を醸した作品で、拒否反応を示したり、離れていったリスナーも少なくなく、ここでソロ時代最初のの「リスナー入れ替え」が起こったのである。
最終的には、タイトル曲「Sim City」を外すという荒業で『Sim City』からは4曲に絞った。「Sim City」はオリジナル・アルバムやライヴのなかでこそ機能する曲で、単品としては扱いづらいという位置づけである。竹内さんも『Sim City』からの曲は、曲順で最後まで迷っていた。「Lotus」で終わるか「環太平洋擬装網」で終わるかであるが、結局は後者で落ち着いた。

今回のプロジェクトで、平沢さんから示された指針のようなものとしては、既発表曲の扱いは任せるけれども、デモや別ヴァージョンなどの未発表曲は基本的に扱わないというものがあった。お蔵出しではないということだ。ましてや当時はソフトウェア化しなかったTV番組などのソースもなし。個人的にはせめてカセット・ブックの『魂のふる里』は、既発表だし、なんとかCD化したかったのだけど。
レア・ヴァージョンとしては前述した「バンディリア旅行団」のクリック・ヴァージョンのほかにもいろいろあったわけだが、収録は断念。その一部を平沢さんの許可を得て、Gazioのトーク・ライヴで公開させてもらった。

ヴァージョン違いといえば『Archetype』収録の「フローズン・ビーチ」は微妙にヴァージョンが違う。オリジナル・アルバムでは、イントロとアウトロに波や流氷がぶつかる音(らしい)のSEが入っているが、今回はつなぎの関係上、アウトロのSEは入っていない。イントロも含めて完全にSEなしのヴァージョンという案もあったが、迫力に欠けるので見送り。

「フローズン・ビーチ」で思い出したことがひとつ。80年代後半、P-MODELのライヴで「フローズン・ビーチ」のアレンジがのちのソロ・ヴァージョンに近いものに変わって、間奏にキイボードで「炎のランナー」っぽいフレイズが入るようになった時、実はちょっとヤダった。しかし今回、國崎さんのライナーノーツでソロ・デビューにあたっては「歌えるヴァンゲリス」というコンセプトがあったことを知り、そういえば平沢さん、ヴァンゲリス好きだって言ってたなぁ、あれは狙いだったのかとようやく理解した。

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平沢進ソロ・デビュー25周年 Project Archetype 第1弾リリース

平沢進のソロ・デビュー25周年を記念したポリドール(現ユニバーサル ミュージック)時代のリイシュー企画「Project Archetype」の第1弾が9月24日にリリース。リマスタリングされたオリジナル・アルバム3作『時空の水』『サイエンスの幽霊』『ヴァーチュアル・ラビット』に加えて、2枚組のコンピレイション『Archetype | 1989-1995 Polydor years of Hirasawa』も同時リリースとなった。詳細はこちら。

http://moderoom.fascination.co.jp/modules/info/index.php?page=article&storyid=179
http://blogs.yahoo.co.jp/adoopt_s/64973735.html

当時の担当ディレクターで、現在はフリーランスの音楽プロデューサーとして活躍する竹内修とともに、わたしも一応「監修」として参加しており、プロジェクトの詳細は竹内さんのブログに記されている。

http://wilsonicjournal.blogspot.jp/2014/09/wilsonic-works-41.html

リイシュー全体の方向性にアイディアや意見を出したり、編集盤の内容を考えたり、紙モノの編集者的作業といったあたりが主な仕事で、ライナーノーツもいくつか書かせていただいた。ライナーノーツは、シリーズ全体の「サウンド解説」をサウンド&レコーディング・マガジンの國崎晋が担当し、作品の背景や作品への個人的な思いなどを作品ごとに違うライターに書き分けてもらった。1stと4thはわたし、2ndはプロデューサーの神尾(有島)明朗、3rdはMecanoの中野泰博、5thはカメラマンの生井秀樹、となっている。
わたしのライナーノーツはいろいろと試行錯誤したものの結局は「いつもの感じ」になってしまったが、國崎さんの「サウンド解説」が補って余りある内容なのでご安心いただきたい。また、ほかの方々も方向性がそれぞれ異なる文章になっていて、よいバランスになったのではないかと思う。わたしの仕事は、ライターとしてはともかく、編集者としてはよいものになったのではないかと、その点は自画自賛している。

シリーズ全体のリマスタリングは鎮西正憲・監修。リマスタリングによる音質の変化がいちばんわかりやすいのは『ヴァーチュアル・ラビット』あたりだろうか。生の弦楽器を使用した「バンディリア旅行団」は、マスタリング・スタジオで聴いたマスター音源の感動がそのまま収録されたような感動がある。國崎さんはリマスタリングによって1番好きな『AURORA』がもっと好きになり、発表当時は動揺した『Sim City』が好きになったとのこと。編集盤『Archetype』で全リイシューを「味見」するのもよいだろう。その仕上がりについては下記レヴューを参照されたい。

http://kissa-p.at.webry.info/201409/article_1.html

コンピレイション『Archetype | 1989-1995 Polydor years of Hirasawa』は、2枚組のうちの1枚はいわゆるベスト・アルバムで、もう1枚はシングル曲とオリジナル・アルバム未収録曲の詰め合わせとなっている。アルバムの構成は、竹内さんと高橋とで行った。基本的な選曲を高橋が行い、竹内さんが曲順を考え、バランスを考慮して選曲を補完してくれた。概ねこんなもので納得していただけるのではないかとは思う一方、個人個人で「必須アイテム」は異なるだろうし、なぜこれが入っていてあれが入っていないのか、という声も聞こえてきそうな気もする。ベスト・アルバムは「 A Young Person’s Guide to Early Hirasawa Works」という側面もあるので、選曲では敢えて「ダーク・サイド・オブ・ヒラサワ」はといった趣の作品は外しているが、この本作を入り口にして平沢進を聴き始めたリスナーは、ぜひオリジナル・アルバムで奥深い平沢ワールドに迷い込んでいって欲しい。

というのは『Archetype』のブックレットからの引用・要約だが、ライナーノーツでは高橋が平沢ソロ史を概説したうえで、竹内さんが全曲解説を行っている。これが滅法面白い。レコーディング裏話あり、膝を打つ作品解説あり。担当ディレクターでなくては書けない内容である。
このブックレットやシリーズ全体のアート・ディレクションは中井敏文(ノングラフ/シールズフロア/モノグラム)が行っており、これがまた素晴らしい。『Archetype』ジャケットやブックレットの使用写真はすべて生井さんの撮影で、これまでアーティスト写真やジャケット写真で使用されものやそのアウトテイク、ライヴ写真などだが、カラーや未加工な状態ではほとんど出回っていない写真も多い。中井さんが得意とするロゴタイプを大胆にあしらったジャケットはカッコよく、twitterなどの反応を見るにこれも大好評なようで、編集担当としては安堵している。デザインや写真のセレクトにアドヴァイスをくれた内輪のスタッフもありがとう。

各作品についてはこれまでにいろんな局面で書いてきたし、ライナーノーツでも書き尽くしたので、もう特に書くことはないのだが、プロジェクト名についてちょっとだけ書いておく。Project Archetype はもちろん「Archetype Engine」からの拝借した単語だが、ポリドール時代はユング心理学でいうところの元型イメージを扱った作品が多いことも理由となっている。またポリドール時代には平沢作品のパターンのようなものが出揃い、作品の原型のようなものができあがった時期でもある。元型も原型も英語では Archetype になるので、プロジェクト名としてはよいのではないかと考えた次第。ライナーノーツやオビの煽り文句などでは「元型ポップ」という造語を敢えて多用してみた。

担当する作業はほぼ終了したので、なんだかプロジェクト全体が終了したような気がするけれども、11月5日には第2弾リリースとして、残りのオリジナル・アルバム2枚、ライヴ作品『error CD+DVD(仮)』およびインストゥルメンタル集『Symphonic Code(仮)』(詳細は週明けあたり発表予定)が控えている。まだまだこれからである。

そういえばきょう、別件でちょっと調べものをしていて、たまたまポリドール時代の作品リリース当時に自分が書いた原稿を四半世紀前ぶりに目にする機会があったのだが、意外といいこと言っていた(笑)。「初期3部作」という言葉は『ピコ』2号(93年)のP-MODEL特集で使った記憶はあったのだが、なんと『ヴァーチュアル・ラビット』のレヴュー(91年)ですでに「ソロ3部作完結篇」という表現をしていた。作品リリース時にそういう認識があったというのは意外。
『error CD』のレヴューではこんなことを書いていた。

「10年後には素晴らしいタイム・マシンになることだろう」

10年前どころか25年前に行けるタイム・マシンになってしまったことだよ。

Archetype

ニュー・ウェイヴとはなんだったのか福間創篇および音のみぞ

昨日8月30日はGazioでのトーク・イヴェント「ニュー・ウェイヴとはなんだったのか」の第3回「福間創〜この音こそニュー・ウェイヴ〜」がで昼夜3部構成で開催された。
たまたまだが、ちょうど福間さんの新譜制作が終わったところで、開場のみ販売のバルク版「Flowers-soundtrack-(β.Bulk2014)」として先行リリースでき、プロモーションに微力ながら協力できたのが幸い。

http://www.soyuzproject.com/
http://moderoom.fascination.co.jp/modules/eguide/event.php?eid=5
http://moderoom.fascination.co.jp/modules/eguide/event.php?eid=4

これまでの3回とも、リアルタイムではない世代の参加者が多く、回顧イヴェントではなく、「新しい音楽」を発見するきっかけになっていただいているようなケースがtwitterなどで散見されて嬉しい。

福間さんは、ニュー・ウェイヴを「姿勢(発想)としてのニュー・ウェイヴ」と「スタイル(伝統芸)としてのニュー・ウェイヴ」と2系統に分けて解説。前者の代表例がセックス・ピストルズ〜PiLのジョン・ライドン、後者の代表例がクラッシュ(のフォロワ)であるとして参加者をうまく引っ張ってくれた。ニュー・ウェイヴ系のミュージシャンの特徴としてサウンドの変化が激しいことを挙げ、その例として、ジョン・ライドン、大江慎也を紹介したのが、これが非常にわかりやすく、ウケにウケた。また、技術ではないアイディア先行、いわゆるヘタウマの例としてのニュー・オーダーへの愛あるツッコミにも場内爆笑。資本に頼らずアイディア先行で変化・更新し続ける「姿勢としてのニュー・ウェイヴ」で最も尊敬するミュージシャンは平沢進であるとして、ナイスな落としどころへもってきた。

そこでふと思ったのだが、ニュー・ウェイヴにはもう1系統「(時代的に)普遍性のあるニュー・ウェイヴ」というカテゴリもあるのではないか。というのも、このところエレ・ポップとかネオ・アコとか、当時は苦手だったジャンルを敢えて聴いてみるようにしているのだが、意外とよいものがあるのだ。リアルタイムには敬遠してぜんぜん聴き込んでいないので、懐メロではまったくないのだが、新譜として聴いて新鮮というか楽しいものがある。「エヴァー・グリーンなニュー・ウェイヴ」というとこっ恥ずかしいし、わたしもよく「時代の徒花こそニュー・ウェイヴ」とか言ったりするけれども、時代を越えてよいものはよい。
というわけでこの夏はヤング・マーブル・ジャイアンツの『Colossal Youth』とカップリングのおまけCDばかり聴いていた。ちなみにこのアルバム、リリース時には『ロッキンf』で平沢進がレヴューしている。

Young_Marble_Giants_-_Colossal_Youth_cover

さて、遅れに遅れている『音のみぞ』創刊号ですが申し訳ございません。ようやく巻頭特集用の原稿を書き終わりました。特集はほかの執筆者にも依頼中です。また、表紙デザイナーも決まってそちらも依頼中です。なんとか9月中、遅くとも平沢さんのライヴまでには出したい所存。予約された方、もうしばしお待ちください。

次回のトーク・イヴェント「ニュー・ウェイヴとはなんだったのか 番外篇 平沢進ソロ・デビュー25周年特集」は夜の部のみ2席空き(8/31時点)があります。
http://moderoom.fascination.co.jp/modules/eguide/event.php?eid=7
*9/2時点では完売、キャンセル待ちとなってます

平沢進25周年記念コンピレイション『Archetype』9/24リリース
Archetype

GO GAZIO!!

初期P-MODELの歌詞やアート・ワークを手がけた平沢裕一が、つくばにカフェ・バー「GAZIO」を開店。プレ・オープニング・イヴェント「GAZIO CYCLE-Z」が4月26〜30日に開催。
http://gazio-tx.com/

305-0031
茨城県つくば市吾妻3-16-7
029-896-8201

というわけで行って来ました。
オープン前にスマートフォンで写真を撮っていると、どこからか「盗撮禁止」という聞き覚えのある声が。
TVモニタにビッグ・ブラザーならぬ平沢進の顔が。どうやらこの店は監視下にあるらしい。

あとは写真とキャプションで。

つくばエクスプレスで秋葉原から約45分。
つくばエクスプレスで秋葉原から約45分。
A2出口下車。思えば自費でつくばへ来たのは初めて。
A2出口下車。思えば自費でつくばへ来たのは初めて。
公園で落ち合おうロケット。
公園で落ち合おうロケット。
GAZIO正面。わたしは裏口から入った。
GAZIO正面。わたしは裏口から入った。
店内全景。想像以上に広かった。4人掛けが10テーブル、8人掛け1テーブルだったか。カウンターもあり。50人以上はラクに収容可能。
店内全景。想像以上に広かった。4人掛けが10テーブル、8人掛け1テーブルだったか。カウンターもあり。50人以上はラクに収容可能。
ツヴァルクべセルに収まったスピーカ。
ツヴァルクべセルに収まったスピーカ。
2台目グラヴィトン。初代はどうした、半分わたしが作ったのに。
2台目グラヴィトン。初代はどうした、半分わたしが作ったのに。
平沢進の愛車BURLEY LIMBO
平沢進の愛車BURLEY LIMBO
スタジオ・ワイヤーセルフの庭で雨ざらしになっていたMS-20を見てまりんが泣いたとか持って帰ったというウワサあり。
スタジオ・ワイヤーセルフの庭で雨ざらしになっていたMS-20を見てまりんが泣いたとか持って帰ったというウワサあり。
005Harry作アルミのテーブル。
005Harry作アルミのテーブル。
ドラマーであり金属加工アーティストの005Harry
ドラマーであり金属加工アーティストの005Harry
 

『カルカドル』のジャケットで使われた平沢裕一によるオブジェ、カセット・ブック『魂のふる里』のジャケット、デビュー時のアクリル・バッヂの91年復刻版(たぶん)とentroPackに入ってたバッヂ(違ったかも)
『カルカドル』のジャケットで使われた平沢裕一によるオブジェ、カセット・ブック『魂のふる里』のジャケット、デビュー時のアクリル・バッヂの91年復刻版(たぶん)とentroPackに入ってたバッヂ(違ったかも)
005Harry作ノモノス(テレスコの骨)
005Harry作ノモノス(テレスコの骨)
平沢が使っていたミキサーを店内に導入。
平沢が使っていたミキサーを店内に導入。
イヴェント土産のGAZIOバッヂとマシュマロ。
イヴェント土産のGAZIOバッヂとマシュマロ。
各界からの花。
各界からの花。
ちょっと変わった花の詰め合わせ。
ちょっと変わった花の詰め合わせ。
学園東大通りは街橙がほとんどない。シリウス、プロキオン、木星が光っていた。
学園東大通りは街橙がほとんどない。シリウス、プロキオン、木星が光っていた。
おまけ
おまけ。つくばは「パンの街」らしい。