実を言うと、わたしは日本で言うところのエレポップがダメだった。
テクノ・ポップやニュー・ウェイヴが好きな人間なら嫌いなわけはなかろうと思う向きもあるだろうが、なぜだかどしてだか苦手だった。
もともとディスコっぽいサウンドが苦手だったからではないかと思われる。
フュージョン+ディスコのYMOがダメだったのもそこらへんにルーツがありあそうだ。
なお、ここで言うエレポップは80年以降の音楽です。
それはさておき、エレポップ嫌いは10年ほど前にニューオーダーのシングル集とミュートのコンピレイションで悔い改めたので許してください。
でもOMDはやっぱり恥ずかしい。
さて、レーベル単位という狭いジャンルを克服してもしょうがいないので、もっと大きく出てみよう。
わたしの苦手な広大なジャンルにフォーク・ソングというのがある。
フォーク・ソングは直訳すると民謡になってしまうがそうではなく、もちろんフォーク・ギターで弾き語るアレである。
という説明をしなくてもたいていのひとはそう思う。
フォーク・ソングにも細かいジャンル分けや定義づけもあるだろうが、とにかくアレ一般がダメなのである。
フォーク・ギターでもってジャカジャカやるだけの音楽のどこがいいのか、まったくもって計り知れない。
それじゃあおまえが好きなロックとかいうのはエレクトリック・ギターでギュンギュンやる音楽でいいのかと言われれば、それでいいです。
それじゃあおまえが好きなテクノ・ポップとかいうのはシンセサイザーでピコピコやってる音楽でいいのかと言われれば、それでいいです。
とにかくフォーク・ギターでもってジャカジャカやる音楽の総本山とされるのが、たぶんボブ・ディランなんだろう。
まずはここから攻略してみよう。
これまで避けて通ってきたが、ジョン・レノンだって、デヴィッド・ボウイだって多大な影響を受けたどころかパクったとさえ言われているボブ・ディランである。
もしかして好きになるかもしれない。
しかしだ、ジョン・レノンにしろ、デヴィッド・ボウイにしろ、フォーク・ギターでもってジャカジャカやるタイプの曲はあんまり好きじゃないのである。
実を言うとデヴィッド・ボウイは『スペース・オディティ』を持っていないし『ジギー・スターダスト』より『アラジン・セイン』のほうが好きなのである。
「フリー・フェスティバルの思い出」とか、なんだかなあと思ってしまう、ごめんなさい。
ところで『スペース・オディティ』ってタイトルより『Man of Words, Man of Music』のほうがよかないか。
幼少時には2種類のタイトルがあって混乱したぞ。
『ハンキー・ドリー』も「Changes」「Oh! You Pretty Things」「Life On Mars?」とかすごくいいんだけど「Song For Bob Dylan」「The Bewlay Brothers」とかになるとしらけちゃうんだよなあ、ボウイの声はいいんだけど、ごめんなさい。
あ、でも「Quicksand」はけっこう好きかも。
というわけでディラン入門篇としては、ロック寄りになったと言われる『Highway 61 Revisited(追憶のハイウェイ 61)』あたりが抵抗感が少なかろうと予測されるので、ピーター・ガブリエルの還弦アルバム『New Blood』を買うついでにカートに入れた。
で、聴いみた。
ん? これ、ロック転身アルバムなんですか。
エレキを使ってるってだけで、あたしにはまごうことなきフォーク・ソングなんですけど。
もしくはブルース?
マイク・ブルームフィールドとかアル・クーパーも参加した作品として知られているが、わたしにとっては附加価値にならないんだよな、ここらへん。
そうですよ、そうですとも、アメリカン・ロックという極めて大雑把なくくりのジャンル分けがかつて存在しましたが、わかるひとにはわかるそこらへんのバンドはぜんぜんよさがわからなかったんだよなあ。
アメリカン・ロックとかブリティッシュ・ロックというジャンル分けが意味をなしたのは70年代までだろうか。
もうちょっと狭めてウェストコースト・サウンドとかサザン・ロックとかいうくくりもあったなあ。
ザ・バンドとか? ドゥービー・ブラザーズとか? CCRとか?
イントロでスルーしちゃいました、すみません。
ZZトップはバカバカしくてちょっとおかしいと思ったけど。
アメリカのバンドで聴いたのは、キッス、エアロスミス、ドアーズ、ヴェルベット界隈、テレヴィジョン界隈、トーキング・ヘッズ界隈、そしてDEVOくらいじゃないかろうか。
ああ、狭い。
そういえば、ジャカジャカ・ギターだけでなく、ハーモニカ、ブルース・ハープというやつもあまり好きでないのだな。
いや、実を言うとブルース、ブルーズ、あれがダメなんだから致命傷。
ブルースといえばロックにとっては親も同然。
神聖にして侵すべからず。
あれを否定する輩はロックも聴いちゃいけません。
そう言われそうだが、身体がまったくなじまないのだから仕方がない。
ハード・ロックにしてもプログレッシヴ・ロックにしても、ブルースの変形ということはわかるが、変形したものが好きだからといって原形が好きだとは限らない。
というわけで、やはりボブ・ディランは身体が受け付けませんでした。
フォーク・ソングを攻略するには別なルートから登ったほうがよいのかもしれない。
ブリテッィシュ・トラッドとかブリテッィシュ・フォークとかから聴いてみるべきであったか。
ケルト系はぜんぜん抵抗感がないからな。
ジャガジャガは嫌いだが、アルペジオは好きだぞ。
フェアポート・コンヴェンションとかペンタングルとか、ちゃんと聴いたほうがいいですか?
ただ、ジミー・ペイジが敬愛するバート・ヤンシュといっても、ZEPのフォークっぽい曲は飛ばして聴いてたほうだぞ。
ああ、狭量。
そして、喰わず嫌い(ほんとはちょっと食べたけど嫌い)を克服するためには、超えるべきさらなる巨大な山がある。
黒人音楽、ブラック・ミュージック、である。
ああ大きい。
実はブルースどころか黒人音楽全般が苦手なのである。
にしても「黒人音楽」というくくりはひどくないか。
人種はジャンルじゃないだろ。
白人音楽という言い方は文脈によってしないでもないが、イエロー・ミュージックとか言わないよなあ。
もちろん、黒人がクラシックをやっても黒人音楽とは言わないし、民族音楽としてのアフリカ音楽もあまり黒人音楽とは言わないので、ふつうはアメリカの黒人(民族もしくは集団)をルーツとする音楽を指すのだろうけど、それにしても幅が広すぎる。
そしてその広大かつ高く聳え立つ黒人音楽連峰が総じて苦手なのだから、困ったものだ。
抵抗感がないのは、せいぜいレゲエ(って黒人音楽?)くらいか。
ソウルやブルースも白人のぎこちないインチキくさいもののほうがやはりしっくりくる。
そういえばむかし、ひとから平沢進の音楽を指して「これだけ黒人音楽の影響を感じない音楽も珍しいよね」と言われたことがある。
ま、人間そんなもんだ。