5年前に改訂版を出した『音楽産業廃棄物』を再改訂してデータ版で復刊することにした。
世間的に言えば「電子書籍」というやつになるのだろうが恥ずかしいのでそうは呼ばない。
本題に入る前に「電子書籍」のおさらいをしておこう。
世間様の言うところの電子書籍をめぐる昨今の論議というのは、3つのレイヤがごちゃまぜになっていることが多い。
(1)コンテンツ
(2)デヴァイス
(3)流通販売
(1)は本の中身であるが、ヴューア(ソフトウェア)とそれに対応したファイルフォーマットと密接な関係にあり、標準化規格から独自規格までいろいろ。
(2)はKindleやNookなどの読書に最適化された専用デヴァイス、iPadなどスレイトPCと呼ばれる読書もできる汎用デヴァイス。
(3)はAmazon(Kindle), Barns & Noble(Nook), iBookstore(iPad)といったデヴァイスと紐付きのオンライン・ストアや実店舗のサーヴィスが中心だが、Googleのように世界中の書籍のデータベース化という特殊な野望もある。
この3つのレイヤはそれぞれ複雑に関連しあっているし、Kindleにいたっては読書専用デヴァイスを指すこともあれば、さまざまなプラットフォームに対応したソフトウェアを指す場合もあり、話がごっちゃになりやすいのは確かだ。
しかし、実はこれ、ほんとはどれをとっても新しい話ではない。
単に「役者が揃った」というだけである。
もちろん、携帯音楽プレーヤも音楽用ファイルフォーマットも90年代からあったにもかかわらず、一般に普及したのはAppleがiPodとiTunesをセットで送り出したから、という歴史的事実はあるし、書籍ヴューアや書籍ファイルフォーマットにも起爆剤は必要だろう。
それがいまなのかもしれない。
ただ、電子書籍が斜陽の日本の出版産業をさらに窮地に追い込むとか、逆になんとかしてくれる救世主だとか、そういう筋合いのものではない。
電子書籍とかいっても、トドのつまりはWebコンテンツをオフラインでの閲覧に最適化したうえでどう課金するか、という話になってくる。
いや、トドのつまり、というより、そもそもの出発、オボコことはじめがそうだったはずなのである。
にもかかわらず「電子書籍って動画や音楽も入れ込めるし、ほら、こーんなこともできちゃう。すごいでしょ」などという紹介がされたりする。
アホか。
あなたWebページを見たことないんですか。
情報誌の電子雑誌化に至っては意味不明だ。
いまある旅行・食・音楽・演劇などの情報サイト、チケット販売サイトの類はいったいなんだというのだ。
PCのWebブラウザでも、小説を読むことはできる。
しかし、PCのモニタは長時間見ていると目が疲れるし、ポータブルではないので「読書」には向かないうえに、紙と違ってWeb上の「情報」はなかなか金を取りにくい、さてどうするか。
そういう話だったはずだ。
実際、電子書籍のオープンな標準フォーマットである ePub も中身はXHTMLである。
個人的には将来 ePub は HTML5 と統合されていく可能性が高く、過渡期のフォーマットだと思っている。
逆にWebページも雑誌のレイアウト並みに縦書き・横書き混在の複雑なレイアウトが組めるように進化していくだろう。
紙媒体がデジタル化することで、音楽のようにメジャーとマイナー(インディーズ)の境界が希薄になって面白い動きが出てくる可能性は高いし、商売の方法も変わっていくだろうが、メジャー音楽産業がダメなままダメになっていったように、中身がダメなものはダメである。
有能な編集者はますます希少価値化し、会社に守られていたようなダメ編集者は消えていく。
などということを言うと我が身に翻って唇寒し。
あまりに前置きが長かった。
本題の書籍『音楽産業廃棄物』のデジタル化についてである。
電子書籍といっても既存の書籍のデジタル化と新しい書籍を企画する場合とでは、発想も方法も異なってくる。
テキスト主体であるのか、画像主体であるのか、テキストと画像の組み合わせが複雑か単純か、といった本の中身によっても作り方は異なってくる。
また、部数が多ければ各プラットフォーム版を作ることもできるだろうし、特殊な層に向けた内容であればiPad専用アプリケーションなどもあり得るだろう。
書籍『音楽産業廃棄物』の場合は読者の数が限られる本であるからして、PCからスレイト、スマートフォンなど多岐にわたるデヴァイスに向けた汎用の標準フォーマットにするしかない。
特定のプラットフォームに向けた独自フォーマットなど論外である。
内容的にはレイアウトが複雑で、写真と文章が入り組んでいるページが多く、縦書き・横書きも混在している。
こうした本をデジタル化に際して完全に組み直して可変レイアウトにすることも可能は可能だが、それには新しい本を作るのと同じくらい時間と労力、言い換えれば金がかかる。
部数が少ないということは予算が少ないということで、デジタル化にかけられる費用も限られてくるのため、それもあり得ない。
既存の印刷データがそのままデジタル化されることが望ましい。
そういうことで条件を絞っていくと、PDFしかないのが現状である。
英語であればePubでもできないこともないだろうが、日本語は縦書きすら標準化されていない。
というわけで『音楽産業廃棄物』は古式ゆかしきPDFフォーマットでデジタル化されることとなった。
というか、印刷データはもともとデジタルなのであり、デジアナ変換されているのが紙の本なのだ。
デジタル・データそのままデジタル出力しているに過ぎない。
初版が99年の本のためフォントやファイル形式が古く、印刷会社泣かせではあるが。
また初版本から『音楽産業廃棄物』には附録CD-ROMがついていて、そこに書籍本体を組み込むことも可能だというのもPDFにした理由のひとつである。
附録に本体を収録するとは本末転倒だが、それもまた時代的である。
考えてみれば、前回の改訂版も本来は紙ではなくこういう形でデジタル版で出す予定であったのだ。
ほんとは販売形式もダウンロードだけにして思い切り安くすればいいじゃないかと思っていたのだが、周囲にリサーチしたところ反対意見が多く、パッケージ版も作ることにした。
さらにパッケージ版には印刷用PDFデータも収録する。
印刷用PDFデータというのはトンボが入ったアレで、印刷会社へ持ち込めば私家版書籍を1冊作ることができるというものだ。
印刷費はオンデマンドでも1冊数万円はするだろうから、実際に印刷するひとはそういないとは思うが、個人使用の範囲を超えて複製されても困るし、印刷用データを売った例はあまりないのではないか。
こういうことを許可してくれるところが平沢進らしいところだ。
なんと画期的。
ただし、予約が集まらなければパッケージ版は出ませんので、みなさんよろしくお願いします。