「Limbo-54への道」のせいですっかり埋もれてしまったが、ちょっと前に表紙について書いた「あとがきのあとがき」その2である。
昨日は『来なかった近未来』の発売日。市場に流通しためでたい日ではあるが、さっそく脱字の指摘などを受け、ややうなだれ気味。
もちろん品質向上のためには指摘大歓迎で感謝しておりますし、直しやすいのが電子書籍のいいところ。修正版はリリースする予定。
とはいえ、いくらプロの校正を通しても、やっぱり誤字脱字などは出てきてしまい、あーとうなだれるのが編集者の常なのである。
などと責任転嫁&一般化してはいけないな。自分が無能なだけです。
ただ、電子書籍といっても修正はWebページほど簡単ではない。
『来なかった近未来』は組版ソフトのInDesignでデザインし、PDF出力したものを、Acrobatで編集(リンク張ったりとか)している。
デザイナーと編集者で同じソフトウェアを揃えておけば作業はスムーズで、誤記修正くらい編集者がささっとできてしまいそうなものである。
実際、原理的にはそうである。しかし、現実にはそうはいかない。フォントの問題がある。
フォントには著作権があり、商用フォントでは使用条件が厳しく定められているため、使用フォントをすべて揃えていなくては、文字修正すら思うようにいかないのである。
大きな出版社ではデザイナーとまったく同じ環境を編集側にも用意できるが、零細出版社やフリーの編集者ではそうもいかない(小さな出版社では編集部内でデザインするケースもよくあるが)。
代替フォントを使って修正することもできるが、変更箇所またはページ全体がほかとは異なるフォントになってしまい、えらくカッコ悪い。
よっぽど目立たない箇所ならまだしも、普通そういうことはできない。
あまっさえ、Acrobatでの編集は使用フォントがなければ改行すらできなかったりするし、C&Pくらい認めてほしいもんであるが、それもできない。
デザイナーと異なるOSで作業しているせいか「選択したフォントと文書のフォントエンコードの不一致を解決できなかった」などというエラー・メッセージが出てフォントの変更もできなかったりする。
じゃあなんでePubとかにしないでPDFにしたかっていうと、理由はここに書いてある通りで、2年前からそんなに状況は変わっていない。
もちろん、将来的に電子書籍はePubとHTML5が統合された仕様に落ち着くとは思し、個人史的にPDFは好きじゃないのだが、現状のePubでは仕様もヴューワも発展途上であり、独自の仕様を解釈できる独自ヴューワにするくらいだったら、PDFのほうがよい。
『来なかった近未来』は横書きだし、ルビ、数式、化学式、特殊な記号などもない。
ePubにする利点は、スマートフォンなど画面の小さなデヴァイスでの可変レイアウト表示くらいしかないが、それならPDFヴューワの「テキスト・ヴュー」モードでこと足りる(すべてのヴューワに備えている機能ではないが)。
また、現状では印刷前提の組版ソフトのほうがグラフィック・デザイナーにとって使いやすい。
ePubはむしろWebデザイナーの領分になるのかもしれないが、電子書籍のフォーマットとして普及するには、グラフィック・デザイナーが使いやすいePubエディタは必須だろう。もしくは、InDesignなどの組版ソフトのePub出力がもっと使えるものになってくれるとよいのだが。
特定デヴァイスに最適化したアプリ形式ならば、また違ったやり方になるだろうが、内容がマニアックだけに、デヴァイスで間口を絞るわけにもいかず、どんな環境でも読める汎用フォーマットが前提である。
異なる環境での読みやすさ、という点では、デザイナーの中井さんが骨を折ってくれた。
iPhoneクラス(3.5インチ/960x640px)以上の画面サイズと解像度ならば全ページ表示でも読めるはず。
ちなみに自分が使用している初代Desireは画面サイズ3.7インチだが、解像度が800x480pxしかないので全ページ表示じゃムリ。悔しい。
電子書籍は、音楽ファイルと同列に読書ファイルなどと呼ぶべきだとは前から思っている。
紙の本と電子書籍の違いは、CDと音楽ファイルとの違いのような「物理媒体の有無」よりむしろ、スピーカとヘッドフォンのような体験の違いのほうが大きい。音楽がラジカセで聴くのと大型スピーカで鳴らすのとでは違う体験なように、電子書籍もPCで読むのとスレイトやスマートフォンで読むのとでは違う体験だ。
紙の本も判型など仕様によって異なる体験を提供できるが、固定されているので、ユーザ側に選択の余地はない。
仕様の次に思案したのが価格設定である。
紙の本と違って材料費がかからない電子書籍の原価はほとんどが労務費(著者印税含む)と経費である。
紙の本のような計算では価格を算出しにくいのである。電子書籍の価格設定は、ゲーム業界やPCソフトウェア業界に近いのだろう。
また電子書籍は初版部数というものがないので、初版分の印税保証のような商慣習ともなじみにくい。
いまはある程度の印税保証をしている出版社のほうが多いのかもしれないが、紙の本よりも印税率が高いかわりに保証なし、というほうが「電子書籍的」ではあるとは思う。
などなど吟味しつつ、仕事量を勘案し、部数を読み、著者、編集者、デザイナーそれぞれの印税比率を決めたのであるが、1800円という値段は高価いいと思われるだろうなあという懸念はあった。
周囲やSNSなどで高価い高価いと言われたわけではないが、自分自身の感覚として電子書籍で2000円超えはないよな、というのがまずあった。
単価1800円というのは労働量からすると妥当かむしろ安価だとすら思うし、紙で同じ仕様の本を出すなら4000円くらいになってしまっただろう。
単純に比較はできないが、1993年に出た『AMIGAは最高!』(4C/8ページ, 1C/328ページ)なんて実際、3800円もしている。
ちなみに編輯作業を始めたのは10月で、本文の再構成や註釈を書くのにえらく時間がかかってしまった。写真点数も多いのでデザインにも時間がかかっている。
本文だけならもっと安くできただろうが、ただでさえまだ商品性を認められづらい電子書籍というメディアであるからして、できるだけヴォリューム感や附加価値をつけたかったのだが、大きなお世話だっただろうか。
将来的には本篇だけの「軽装版」があってもいいかもしれない。
構成を変えるなら、リクエストされるまで忘れていた「マンデルブロの森にテクノ有り」あたりを併録してもいいかも、などといまから思っている。